空色の草原と小さな卵-3-

トットとセレタは空色の草原を歩く。

 トットとセレタはラプターナの街に戻る手立てが見つからず、近くにあるはずの竜使いたちの住む街を目指して、空色の草原を歩くことにしたのだった。
 空色の草原の植物は、いずれもガラスのように透明で、触れ合うとりんという音を響かせるのだった。風が吹くと、辺りには、澄んだ音楽が鳴り響くのだった。
「遠くのほうに街が見えるよ、セレタ」
 どれほど空色の草原を歩いたことだろう。草原の彼方に集落が――石造りの建物が、見えてきたのだった。
「ブルベリア・ブルベルンの街――千年以上前から存在するそうよ。竜使いたちの隠れ里で、外の街との交流はほとんどないって、本には書かれていたわ――ラプターナの街に戻る手段が見つかるといいのだけれど……難しいかもしれないわね」
 セレタは呟いたけれど、トットを不安にさせてしまったかもしれないと気がついたようで、気を取り直して続けた。
「いざとなったら、あたしの故郷経由で帰りましょう。それに、ブルベリア・ブルベルンの街で、ラプターナで産出された精霊石が、ひょっこり見つかるかもしれないわ。トット、街に着いたら、とりあえず早めの夜ごはんを食べましょう」
「うん、セレタ」
 トットは、不安もあったけれど、すこしだけ、この状況を楽しいと感じてもいるのだった。見知らぬ土地で知恵を絞る冒険の旅――隣に居てくれるセレタの存在は、大きな支えだった。
 やがて、三十分ほど歩くと、もう街は目前だった。小さな石造りの門には「ブルベリア・ブルベルン」と書かれていて、門をくぐると、そこには人々の気配もあった。
 その土地の人々は、ラプターナの街の人々とは、少し変わっていた。耳が長くとんがっていて、この土地の文化であろう、空色の色彩の沢山の刺繍がほどこされた、民族衣装を身に纏っていたのだった。
「食事処を探しましょうか、トット」
 石畳の街路を歩きながら、二人は石造りの建物の中に、食事処を探すのだった。

***

「セレタ、あのお店から、食べ物の良い匂いがするよ」
 しばらく街路を歩くと、建物の中と外にテーブルの並べられた、空色の装飾が石造りの壁にほどこされた、一軒の食事処が姿を現したのだった。テーブルは半分くらいが人で埋まっていて、早めの夜ごはんを済ませているようだった。お店からはシチューのような良い匂いが漂っているのだった。
「入ってみましょう、トット」
 トットとセレタが中に入ると、エプロンを身に着けた、長くとんがった耳の、お姉さんが応対してくれた。
「あら、珍しい。ようこそ、旅の方。お好きな席へどうぞ。この季節はテラス席も気持ちが良いですよ」
「お店のおすすめメニューを二人前、お願いします」
「ただいまのおすすめは、クロックムック鳥の香草煮込みとなっております」
「ありがとうございます」
 トットとセレタは五人掛けのテラス席へ行って、ずっと持っていた、図書館で借りた本を、自分の隣の椅子に置いて、自らも椅子に腰掛けるのだった。
 やがて先程のお姉さんが、お茶のような温かい飲み物を持ってきてくれた。
「これはどんなお茶ですか?」
 トットは興味津々、お姉さんに問うのだった。
「これは空色の草原で採取されたメクリモ草のお茶ですよ。すこし苦味がありますが、旅の疲れによく効くと思います」
 お姉さんはそう言って、笑顔で店の奥へと去って行った。
 トットとセレタは、揃ってメクリモ草のお茶を飲むのだった。
「思ったほど苦くないわね、トット」
「ええ、セレタ。ラプターナではまず飲めないお茶だと思う。美味しい――お土産に茶葉を持って帰りたいくらいだなあ」
 お茶を飲んで一息ついて、そうして二人は、今後について、相談を始めることにしたのだった。
「精霊石店に行けば、ラプターナの街に戻る手掛かりが掴めるかな?」
「そうね、行ってみる価値があると思うわ、トット。それから、この街は竜使いたちの街。竜使いたちは竜との意思疎通をはかるのに、精霊石を用いると聞いたことがあるわ。ギルドに行けば、ラプターナ由来の精霊石について、手掛かりが掴めるかもしれない――」
「竜使いたちのギルド――ギルドには竜もいるのかな?」
「竜使いと竜とは、常に行動を共にするという話よ。竜を間近で見られるのじゃないかしら」
「帰るため、精霊石を探さないといけないけれど、竜にも会ってみたいなあ」
「お待たせしました。クロックムック鳥の香草煮込みです」
 二人が話していると、早くも料理が来たのだった。料理には、パンと果物も添えられていた。
「こちらの香草も、空色の草原で採取されたものです。香りが良いのですよ。果物は、街で栽培されている、伝統のコトロオレンジです。おかわり自由ですので、その際はお申しつけくださいね。ごゆっくりどうぞ」
 お姉さんを見送って、二人は顔を見合わせた。
「食べましょうか、トット」
「ええ――いただきます」
「いただきます」
 そうして二人はしばしの食事を楽しむのであったのだった。