空色の草原と小さな卵-1-

街道の街ラプターナにおいて、魔法道具の店で店番をする少女トットが、少女セレタと出会うまで。

 春の日の昼下がり。ラプターナの街の広場の一角。
 窓を開け放したその店の店内では、たくさんの精霊石が燐光を放っていた。
 精霊石――それはこの世界に満ちる精霊たちの力を引き出すことのできる鉱石。大地に生まれた鉱石が、年月を経て、精霊たちに由来する力を帯びたものだった。
 店には精霊石を用いたさまざまな種類の魔法道具が置かれていた。ブローチやペンダント、腕輪といった装身具から、懐中時計、杖、万年筆、ランプや鍵といった雑貨まで。
 机の前に座っている少女がトット・ローディスタだった。その髪ははちみつ色を映した短い銀色の髪で、瞳は紫色を溶かし込んだ桜色。年の頃は十六歳だった。
 彼女は精霊石を用いた魔法道具を作っているところだった。かたわらに置かれた本は魔法道具の事典で、ページに挟まった日付の記されたしおりから、その本が図書館から借りられた本であることがうかがえた。
 机の上にはいくつもの精霊石が置かれ、できあがりつつある道具は鍵のような形状をしていた。
 それは図書館で使われる利用者鍵だった。精霊魔法によって運営される図書館において、利用の際に利用者一人ひとりに配布されるもので、これを用いて貸し出しと返却の手続きを行うのだ。
 トットは図書館からの依頼で、利用者鍵を生産しているのだった。もう五つくらいできあがっていて、六つ目もまもなくできあがりそうだった。それぞれの利用者鍵はどれも異なった成り立ちをしていて、ただ、いずれも花をモチーフにした鍵のようだった。
 図書館利用の際にどんな利用者鍵を用いるか――それも図書館利用者の楽しみなのだった。
「トット、こちらはできあがったぞい」
 店の奥からトットを呼ぶ声がした。トットが振り返ると、短い銀色の髪の耳元で、大粒の精霊石のイヤリングが揺れた。
「はい、バロルさん。わたしもちょうどできあがりました」
 トットは最後の利用者鍵を完成させると、立ち上がって店の奥へと入っていった。
 雑多にものの積み上がった階段を二段上がると、店の奥にはバロルおじさんがどっかと揺り椅子に腰掛けていた。
 灰色の髪に水色の瞳のバロルおじさんは立ち上がって、完成した利用者鍵を袋に詰めるところだった。
「竜のモチーフにしたんですね」
 バロルおじさんの手元を見つめたトットは、竜をかたどった利用者鍵をみつけて、興味深そうに言うのだった。揺り椅子の前に置かれた机には、竜がかたどられた利用者鍵が、他にもいくつも置かれているのだった。
「うむ、人気があるからの。竜は皆のあこがれじゃ」
 バロルおじさんはそう言って満足そうに笑うのだった。利用者鍵を全て袋に詰めると、それをトットに渡しながらバロルおじさんは問うのだった。
「おまえさんはどんな利用者鍵にしたのじゃ」
「季節の花をモチーフにしました」
 そうしてトットとバロルおじさんは、店の表の方に移動して、トットの作った利用者鍵を眺めてみるのだった。桜、ビオラ、菜の花、たんぽぽ、花かんざし、カラスノエンドウの花々をモチーフにした利用者鍵がそこには並んでいて、あしらわれた精霊石が瞬きながら燐光を放っているのだった。
「ほう、春だのう」
「出来はどうですか」
 トットはバロルおじさんに出来映えをみてもらうのだった。トットが店に出るようになってからもう六年ほどになるものの、この道に熟達したバロルおじさんからは、まだまだ学ぶことが多いのだった。
「ふむ、良い出来じゃな」
 バロルおじさんは、一つひとつの利用者鍵を手に取って、にこにこ言うのだった。
「よかった!」
 トットもにこにこ微笑んで、バロルおじさんから手渡される利用者鍵を袋に詰めていくのだった。
「トット、今日はもう、利用者鍵を図書館に納品したら、家に帰りなさい」
「はい、バロルさん。それじゃあ、利用者鍵は、しっかり納品してきますね」
 トットは図書館へ向かうことにするのだった。魔法道具の事典を手に取って、利用者鍵の入った袋を持ち、バロルおじさんにあいさつをして店を出た。

***

 店を出ると柔らかな春の風が吹き抜けていて、陽射しがあたたかく、心地が良い気候だった。
 トットは広場から大通りに出てしばらく歩いて、その先の路地へ入って、またしばらく歩くのだった。
 やがて見えてきたのが、ラプターナの街の図書館だった。石造りの大きな建物。ラプターナの街の図書館は先進的なことで有名で、その運営には精霊石とそれを用いた精霊魔法が、全面的に取り入れられ、蔵書数は国内屈指のものだった。
 開け放たれた大扉をくぐり抜けると、そこには静謐な空間が広がっていて、中央は吹き抜けに、建物は三階まであって、一階の奥では大きな古時計が時を刻んでいるのだった。
 トットは魔法道具の事典を返却するため、そして利用者鍵を納品するために、一階にある利用カウンターへ向かうのだった。
「本の返却ですね。利用者鍵をお願いします」
 カウンターへ行くと、司書の青年にそう声を掛けられた。ここで言われた利用者鍵は、トットが個人で持つ利用者鍵のことだった。
 トットは、鳥がモチーフの、桜色の精霊石があしらわれた、自分の利用者鍵を差し出して、魔法道具の事典をカウンターに置くのだった。
 司書の青年は本の奥付を開くと、手慣れた様子で、そこに記された精霊魔法による利用記録の刻印を、利用者鍵を用いて消去していった。それが終わると、カウンター内に置かれたランプにあしらわれた大粒の精霊石――図書館利用者情報集積端末――に、トットの利用者鍵をかざして、図書館利用状況の情報を更新するのだった。
「はい、終わりました。利用者鍵をお返ししますね」
「ありがとうございます」
 トットは利用者鍵を受け取ると、今度は、いよいよ納品をするために袋を差し出した。
「納品があります。ラプターナ南のバロルの精霊石店から来た、トット・ローディスタです」
 司書の青年は微笑んで袋を受け取るのだった。
「利用者鍵の納品ですね。お待ちしておりました」
 司書の青年はその場で利用者鍵を確認するのだった。
「竜に、春の花ですか――今回も素敵な利用者鍵ですね」
 少々お待ちくださいと言って、司書の青年はカウンター奥の棚に向かうと、しばらくして銀貨の入った袋をカウンターへと持ってきて、それをトットに差し出すのだった。
「利用者鍵の代金です。また一ヵ月後を楽しみにしていますね」
「ありがとうございます。またどきどきするような利用者鍵を作ってきますね」
 トットは銀貨を受け取ると一礼してカウンターを立ち去るのだった。

***

 トットは本を借りてから帰ろうと思って、そのまま図書館の三階に向かった。
 三階はまるごと精霊にまつわる本を収めた書架だった。精霊魔法について書かれた魔術書、精霊石について書かれた書物、竜をはじめとする幻獣について書かれた伝承――トットが向かったのは精霊石について書かれた書物の書架だった。
 そこには先客がいた。もちろんこれまでだって、他の利用者と鉢合わせることはあったのだけれど、今日鉢合わせたその少女は、とても印象的な出で立ちをしていたのだった。
 分厚い書物を五冊ほど片手で抱え、精霊石と思われる装飾品をたくさん身につけているのだった。トットと同じくらいの年の少女だったけれど、見知らぬ顔で、長い碧の髪を高く結い上げているのだった。
 トットは図書館が大好きで、ほとんど日課のように通っていたけれど、こんなにたくさんの本を抱えた少女に出会ったのは初めてだったし、少女の身につけた精霊石のことも、仕事柄とても興味深かったのだった。思わず、まじまじと碧の髪の少女を見つめてしまった。
「あなた、あたしになにか用事?」
 トットがあまりに見つめていたので、ついに少女はトットの方を振り向いて、声を掛けるのだった。その瞳は髪と同じ、深い碧の色だった。
 トットは見つめ過ぎたことを反省しつつ、少女との会話を楽しむことにしたのだった。
「えっと、ごめんなさい。用事とかではないのだけれど、随分たくさんの本を持っているのだなあって」
 少女はそれを聞いて微笑むのだった。
「あたしラプターナの街の図書館に来るのが夢だったの。それでついはしゃいじゃったかもしれないわね。頑張って読みきるわ」
「この図書館は初めて? もしかして最近ラプターナに越してきたとか?」
 図書館で借りた本はいずれ返さなければならないし、利用者登録には、たしかラプターナの街への居住が条件の一つだったから、トットはそう尋ねてみたのだった。
「ええ、昨日、ラプターナの南に引っ越してきたの。春休みが明けたら、学校にも通うわ」
「ラプターナの南に? それなら学校はきっと同じね。わたしはトット・ローディスタ。ラプターナ南学校の五年生よ」
「あたしはセレタ。セレタ・ヴィストナーシャ。奇遇ね、あたしも五年生なの。これからよろしくね、トット」
 思わぬきっかけで同級生と出会った、トットとセレタであったのだった。